漂流日記7

「天皇最後の記者会見」


同学年の明仁君(つまり、今現在の天皇)も、誕生日を迎えて、どうやら半年ばかり年長の私と同年齢85歳に追いついたようだ。

誕生日の記者会見で、時に声をつまらせながら、思いを述べたらしい。

来春には譲位とのことだ。

こちとらのような庶民には譲るべき位も無いから、強いて言えば、「終活」と言ったところか。

 

まあ、同年齢の誼で、ざっくばらんに言わせて貰えば、明仁君の所為とは言わぬが、「平成」とは一口に言って「到底、良い時代とは言えまい。」


どちらかと言えば、ろくでもないことばかりが起こっている内に、そのまま終わりを告げてしまったような時代だった、と言えようか。

 

それに比べ、「昭和」の時代は多難ではあったが、後から考えてみれば、起伏に富んだ、なかなか興味深い時代であったように思える。

 

彼(明仁君)にとっても、私にとっても(この後、一々断らないが)、既に生まれたときから15年戦争は始まっており、町へ出れば軍服姿が闊歩していた。

 

しかし、大東亜戦争(いわゆる太平洋戦争)が開始される前までは、少なくとも内地では、徐々に戦時色が濃くなりつつあった、と言っても、どこかにまだ、余裕というものを感じることが出来た。

 

それに引き換え、大東亜戦争開始後は一挙に緊張感が高まり、連日、大本営報道官のあの特徴ある、キンキンした声がラジオから流れるようになった。

 

緒戦の大勝利も、そう長くは続かず、大本営発表の勇ましさとは裏腹に、銃後の国民身辺は徐々に追い詰められ、余裕の乏しい、殺伐とした雰囲気が充満しだした。

 

帝国陸海空軍が連合軍によって制海空権を一気に狭めらるれと、本土防衛、決戦が唱えられ、私たちのような少国民には、首都や大都会の敵空襲を避けるため、「疎開」が薦められた。

 

付け加えると、「疎開」の対象は学童のみでは無く、場所によっては、人々の暮らす「家屋」などにも容赦なく、課せられたのである。有り体に言えば、戦闘にとって邪魔になりそうな家屋、建造物などは「聖戦の大義」の一言で、遠慮、会釈無く、一方的に撤去、破壊された。

 

だから、単に戦闘員のみならず、非戦闘員全員を含めた1億人の国民が、あの無益で、残酷な戦争に否応なく巻き込まれることになり、それぞれが平時とは異なる犠牲を強いられ、人によっては、その後の人生、運命を大きく狂わされる結果となった。

 

私自身は国民学校(小学校)5年生の夏に、東京から山形県へ集団疎開(学校のクラス全体が、担任の先生と寮母さんに引率されて、移住すること。)させられた。

 

明仁君は、我々庶民の環境とは、当然異なるが、それでも彼も東京の親元暮らしから栃木県の那須へ疎開したのである。

 

私について、言えば、山形県へ集団疎開した、その年の冬前に、父が迎えに来て、父の生まれ故郷、和歌山県南部の漁村にあった本家に縁故疎開し、土地の国民学校に、6年生終了間際(昭和21年1、2月頃)まで通学することになった。

 

学童達が、この疎開により、多かれ、少なかれ、その後の自らの人生、運命に、己の意志とは関わりなく、大きな影響を及ぼされたことは間違いない。

 

特に、東京下町の学童疎開児たちの少なからぬ者たちが、3月10日の東京大空襲によって両親や兄弟、住む家まで失って、いわゆる戦災孤児となり、その後、苦難の道のりを背負わされることになった事実を、決して忘れてはならない。

 

明仁君も私も、それらの孤児達に比べれば、比較にならぬ程、幸運な人生を歩むことが出来た上、こうして、当時、想像もつかなかった85歳という年齢を迎える事態となったのには、誠に感慨深いものがある。その点では、天皇でも、市井の下流老人でも本質的には、変わりあるまい。

 

「天皇制」そのものについては、私なりの意見もあるが、今ここで、それには触れない。

 

それより、明仁君が過ごしてきた年月と私のそれとは当然重なる訳だから、敗戦に続く惨めで、猥雑な戦後、ようやく人間らしさも回復してきた昭和24、5年のベビーブーム時代から、彼と私が過ごした高校、大学生であった青春時代の自由と冒険の時代を迎えて、彼も、それまでの天皇とは異なり、宮廷から街へ出て、テニスを楽しんだりして、後に皇后となり、生涯の伴侶ともなった美智子さんと知り合う機会も出来た、というわけだ。

 

しかし、彼の方はまた、私と違って就職などする必要はなかったが、私は一介のサラリーマンとなり、高度経済成長時代の一翼を担い、そしてバブル時代の絶頂期に、私はフリーの技術翻訳者に転進して、多忙で、刺激に満ちた充実の人生を謳歌し、やがてやって来るバブル崩壊の兆しを確かと確認も出来ぬまま、昭和の時代は終わりを告げることになった。

 

私個人が望んだわけでは無いが、それでも当時は東京に居を構えていたので、バブルのゆがんだ果実を貪ったことは否めないし、それ故、その大きな代価をバブル崩壊後にたっぷり払わされたことも事実で、それが今の下流老人の遠因ともなっている。

 

同じ85歳の老人として、彼が経験してきたところに由来する、一連の行動、活動、特に戦争を憎み、その犠牲となった(特に、沖縄の)人々に対する思いには、矢張り、それなりの共感を有しているし、その発言には、立場上の配慮もあるだろうが、私は彼の真意を良く理解することが出来る。

 

それは同学年、同時代を生きた者同士の誼(よしみ)というべきものだろうか。

漂流日記6(書き下ろし)

2018年10月18日(木)

漂流日記6

<晴れ、湿度低く爽やか>

今日から日記も転載では無く、書き下ろしとなる。

写真は今日撮った、片男波海水浴場の駐車場が閉まる、数十分前のものだ。

 

つまり、異常な暑さに辟易していた私もようよう散歩に出る気になった、と言うことだ。

 

ことは高齢者で無ければ、全く気にならない筈の「歩行」の問題だ。

暮らしに関するNHKのミニ番組で、解説者が「
転倒による高齢者の死亡事故が、今や交通事故のそれを2倍も上回っている」と語っていた。

そして、転倒を防ぐための運動や、歩行訓練を薦めていた。

私は、矢張りもっと前の自分と比べると、毎日外出して歩くという事はしなくなった。

しかし、自分の意識として、必要となれば、いつでも歩いて外出することは、然程困難無く出来る、と感じて居る。

 

それでも、家では毎日、椅子を使って脚のストレッチを自分なりに工夫して続けているし、どうしても長時間となると、背中を曲げないと腰や背骨の筋肉が痛くなってくるので、背中を板の廊下にピタリと付けて伸ばしたり、その姿勢で、できる限り脚を上げたりして腹筋運動に勤しむことは、している。

 

まあ、そうして「歩行」を補っているつもりだが、矢張り実際に「歩く」のとは異なる。

それで、今日は特に気持ちの良い日だったので、台風で砂が打ち寄せられ、平均して50-60センチは砂に埋まってしまった海岸を歩き、海水浴監視台の下辺りで、これらの写真を撮影した。

途中で、この海岸を長年に亘り撮影し続けている写真家のMさんと出会い、ちょっと挨拶を交わした。

軽い散歩をこなして、机の前でこれを書いて居る、と言う次第。

 

漂流日記1の転載

2018年7月31日(火)
漂流日記1
<晴れ-気狂いじみた暑さ>

 

85歳の誕生日を迎えた。

 

『人生五十年』を標榜していた時期も、とっくに過ぎた。

 

実際に、略五十年で逝ってしまったのは、父母、特に母のお気に入りだった、兄妹で一番の美人とも評判され、或る意味では、私の一番のライバルでもあった3歳年下の妹であった。

 

生前、最後に出会ったときの寂し気な表情が、今でも目に浮かぶ。

 

『元気出せよ。』と言う声を掛けた記憶は残って居るが、今にして思えば、もう少し優しく、何か聞いてやるべきだったか?という後悔もある。

 

心臓を病んでいた妹が突然死んでしまったので、当時必ずしも体調が優れていたとは言えない私自身に、俄然長男としての責任感がフツフツと湧き上がってきた。

 

それは、自分がやらなくて、誰が母を支える?!という思いだった。

 

世に”逆縁”と言われるが、母の憔悴ぶりは傍で見ていても辛かった。

 

それに耐えようとして西国札所巡りを始めた母を横目で見ながら、私自身も再生を図ることにした。

 

本能の求める海の傍で、仕事しながら、日々を送ろう、と。

 

こうして、私の紀南白浜と東京西部地区を定期的に往来する暮らしがスタートした。

 

その結果、私の心身は見事に再生することが出来た。

 

海の様々な幸と、潮風と、人々と、愛のお蔭で…。

 

その略1/4世紀の間には、素晴らしい出会いがあり、詩心が高揚し、先祖のルーツである紀南を体感し、葛藤と懊悩にも苛まれながら、ここ(現居住地)に、今85歳の自分が存在して居る。

漂流日記2の転載

2018年8月10日(金)
漂流日記2
<晴れ-蒸し暑さ、この上なし>

 

兎に角、この日記の操作-作成には苦労させられた。

 

先ず、新しい日記を更新するに際し、それを上に追加するか、下に配置するかを、簡単に切り替えられるものと、安易に考えていたが、事はそう簡単では無かった。

 

最初の設定を変更するためには、既存の日記帳を削除して、index頁から設定し直さなければならない。

 

index頁には、当然他の処理も既に施してある。

 

それらも含めて全て廃棄し、一からやり直すというのは、いくら何でも余りにも面倒だ。

 

そこで、index頁の名称を変更して、試みてみたが、そうした頁では、Web上に表示することができなくなってしまった。

 

それで、或る程度途中まで戻って、やり直してみているのだが、これで、果たして、考えている通りにうまく行くか、どうか?

 

保証は無い。

 

しかし、この日記を「終活」の一環として、続けて行く心算なら、結局、何が何でもやり通すより仕方が無い。

 

全く、暑い夏だ!

漂流日記3の転載

『2018年8月13日(月)
漂流日記3

<晴れ一時曇り>

 

今日は旧盆の入りだ。

去年までは東京風に、新暦に従っていたが、周りとは一致しないので、当地風に改めてみた。

 

だからと言って、格別なことをするわけでも無い。

 

人並みに迎え火を焚き、改めて故人たちを偲んでみたりするだけだ。

それだけのことで、僧侶を招いて、お経を上げて貰ったりなどはしない。

 

元々檀家寺は当地には無く、生まれ故郷である東京、池袋の祥雲寺が、それであるが、それとて、今は無き先代の住職と多少面識があったからと言うだけで、格別熱心な檀家という訳では全く無い。

 

現代では仏事に金が掛かり過ぎる。

 

こんなことは、元来気持ちの問題だから、自分の都合の良いように、そして、自分が納得するようにやりさえすれば、それで良い。

 

有り難いことに、こうした考え方や、やり方に真っ先に賛成してくれるのは、恐らく、この紀の国ルーツの私の父親だろう。

 

私が、こうして当地に住み着き、多分ここで人生を終えるであろうこと

(ただし、骨を埋めることは無い。私の入るべき墓は既に東京西部地区の都営霊園内に建立されており、そこでは紀州生まれの父が待っているし、現在、私の所で保管している母の骨もまた、いずれ行くことになってる。)

についての決断に際し、この父の影響が大きかったことは否めないが、もう一つ決定的な判断に至った要因(或る出会いによる我が人生の大転換)のあった事実もまた、率直に述べて置かねばならぬだろう。

 

お陰様で、(外部からはどう見えるか知らぬが、)こうして自由に生きて居られるのも、これまで出会った多くの人々との関わりによって得られたものであることは間違いあるまい。

 

話は変わるが、この日記帳の上下に示す写真は、これから涼しくなれば、歩き回って記録し、補充して行くつもりだが、何せ、今の異常な酷暑状態の続く間は、過去の写真を利用することにする。

 

それにしても、紀南本家の従兄姉たちも今や、一番上の従姉(東京在住93歳)のみを残し、全て亡くなってしまった。

 

みんな何処へ行ってしまったのだろう?と改めて思う。

そして、何処で、何をしているのだろう?

 

単に、生物学的に死亡し、化学的な燃焼反応の末、消滅してしまっただけのことか?

 

それは、間も無くか、あるいは、いずれその内か?分からぬが、いつか自分自身で、それを見届けることが出来るだろう。

 

河合隼雄教授では無いが、残念なのは、それを見届けた上で、その事実を、こちら側に残った皆さんに、お伝えする術が、どうやら見当たらぬことだ。

 

だが、もしかすると、異次元の世界が我々の住む次元と共に併存していて、他次元に移行した故人たちは、みんな矛盾無く、存在し続けているのかも知れない。

 

そう考えてみると、何やら、楽しみが一つ増えたような気が、し無いでもない。』

漂流日記4の転載

『2018年8月15日(水)
漂流日記4
<晴れ一時俄雨>

 

73年前の8月15日も、矢張り暑い日であった。

 

終戦(正しくは「敗戦」、どう言い換えてみたところで、「無条件降伏」を受け入れたのだから、完全なお手上げ、どうにでもして頂戴!状態であることは間違いない。)記念日と呼ばれている。

 

白石君という友人の陶芸家がFacebookにも書いて居たように、その日も確か、今みたいに、とても暑かった記憶がある。

 

だが、私は終戦の詔勅なるものを聞いていない。

 

私だけでは無い。当時の私の家族全員が、実は聞くことが出来なかったのだ。

 

何故か?

 

当時、私は国民学校6年生、家族全員で東京から、父の生まれ故郷である紀伊半島の小さな漁村の、当時空き家となっていた本家の大きな家に、縁故疎開していた(但し、父だけは東京で補綴学の教授として歯大に勤務していたので、東京と、この紀南の漁村との間を行ったり来たりしていた)。

 

そんなわけで、偶々8月15日には、父は我々の疎開先である和歌山県江住村に滞在しており、米国留学も経験している父の判断で、日本の敗戦も間近く、このまま戦争が継続されると、米国海軍の夜間の艦砲射撃も頻繁に行われるようになってきた状況や、沖縄戦の結果からして予想されるように、もう、いつ敵が上陸してくるかも知れない、という懸念が高まり、その前に、山中に横穴の避難場所を探そう、ということになって、その日は家族全員で1日中、本家の持山の中に入って居た。

 

夕方、家の近くまで戻って来ると、何やら、村の様子もいつもと異なっており、人伝(ひとづて)に聞いて、戦争の終結を知った。

 

ところで、国民学校(今の小学校)では、日本は古来、明治維新の開国前後を通じ現在に至るまで、欧米列強による植民地支配を受けなかったアジアで唯一の国である、と教えられて来た。

 

それで、虐げられながら、アジアの欧米植民地に暮らしている人々を、同じアジア民族として解放するのが、聖戦の一つの目的である、とも教えられた。

 

種々の要因があるにせよ結果的に、今は、殆どのアジア諸国は、少なくとも表面的には植民地の地位からは脱している。

 

ところが、私の考えでは、日本の敗戦によって、別な形の植民地支配が確立されることになり、それは今でも確りと継続されている、と考えられる。

 

それは、一体何処の話か?と問われれば、答えは、アメリカ合衆国による日本国の潜在的植民地化である、ということになる。

 

現在、日本にある「民主主義」はアメリカ合衆国のための、それであり、真の民主主義とは程遠い。我々日本人の間には、実は今でも、本当の民主主義など存在していない、と言えるだろう。

 

敗戦後73年経っても、未だにアメリカが治外法権を有する基地を堂々と保有しているし、「非核三原則」などと曰(のた)もうても、核を持ち込んでいる当事者(アメリカ)が、それを公式に認めない限り、日本国内に核は存在しないのだ、という詭弁が罷り通るような政府が存在することからしても、それは言えるだろう。

 

だから、良く考えてみれば、戦後の日本の全ては、アメリカの意向に従って進行したものと言える。(無論、現在の沖縄に集中している米軍基地も、勿論そうだが…。)

 

現実に、アメリカのポチになった政治家や実業家だけが力を持つことになり、それに逆らったり、批判的な行動を取る者は次々と、手段を選ばぬ(我々からは見えない)秘密組織によって潰されて行く。

 

その証拠の1例として、ホンの氷山の一角であろうが、Facebook上に投稿された鈴木宗男氏の動画もある。

 

こんな状態を延々と100年近くも放置したままで良いのだろうか?嘗(かっ)て99年間の約束で英国に支配され続けて来た香港ですら、1997年には中国に返還された。

 

73年目の敗戦記念日を機にそろそろ、真の独立を果たし、日本人のために、まともな民主主義を確立すべきではないのだろうか?』

漂流日記5の転載

実は、HP”ぶらいおんの 来た道~往く路”
http://www.burairoad.ejoh.org/を開設して、Web Diaryなるものを活用していたのだが、自分の32インチディスプレー以外でチェックしてみると、文章部分に他の部分がオーバーラップしたりして、満足に読むことが出来ない。

 

色々試行錯誤してみたが、一向に埒が明かないので、一旦諦め、タブレット画面でも問題無く読める、このブログに、既アップロード分を転載して、皆さんのお目に掛けることにした。

 一応、時点を遡る方向で掲載することにする。(新しい日付から古い方へ、となるが、数日分しかアップロードしていないので、それが終われば、本来の順序に従い、ここで続けようか?と、今は考えている。)

 

 さて、85歳の高齢者となった筆者が、どんな日常を過ごしているか? 知り合いの方々には息災ぶりを確認して頂けよう。

『2018年10月8日(月)

漂流日記5

<今日は可成り湿度が低く、快晴の気分良い日>

 

  相変わらず、この日記には苦労させられる。
  いや、別に、書く内容に苦労させられるのでは無く、デスクトップ上のショートカットから、この日記をスムーズに作成する手順に苦労させられるのだ。普通にやれば、簡単に出来るはずの操作が、考えた通りには行かない。

 

 一例を挙げれば、今日撮った3枚の写真をそのままアップロードすると、上下逆転して、表示されたりすることだ。

 その話は、このくらいにして、次に移ろう。

 

 上の写真は、私が台風後、初めて片男波海水浴場へ散歩に出たことを示している。

 

 その先日の台風の影響で、思ったより、矢張り砂が押し寄せて来て、よく利用していたベンチなどは見当たらなくなっている。

 

 流されてしまったか? あるいは砂の中に埋没したに 違いない。

 

 今は定期的に出掛ける仕事は無くなった。 それでも、イベントでもあれば、バスで出掛けたりするのだが、そんなことも無ければ、外を歩き回ったりることは少なくなった。

 

 未だに、まともな天候では無く、嫌な蒸し暑さの日などは散歩する気もしない。

 

 家の中では机に向かうことが多く、32インチのディスプレーで、デスクトップPCを触ったり、iPadで、電子書籍を読んだり、facebook、twitterをチェックしたりするのが日課だ。

 

 その他には、下の写真の楽器Venova(黒色のケース入り ―― 白いプラスチック製の管に、マウスピースが装着された管楽器。)を入手して挑戦し始めた。

 

 サックスに似た音色で、音は気に入っているのだが、何せ、全くの、音楽ド素人で、音符も読めない80代半ばの老人がやろうというのだから、傍から見れば、無謀な、暴走老人ということになるのかも知れない。

 

 しかし、音楽自体は昔から大好きで、多くの演奏を、この歳まで聴いて、楽しんで来た。

 

 だが、楽器をやったことは全く無い、と言ってもよい。

 

 今で、言えば小学生の低学年の頃から、音楽を勉強して、なれるものなら音楽家になりたい、と本気で考えていた。

 

 ところが、それに賛成して、熱心に教えてくれる、と約束していた、当時担任の、音楽の先生であったK先生が突然、召集されて、私の目の前から去り、間もなく戦死されたことによって、音楽家になりたい、という夢も消え去り、それ以来楽器に親しむ機会は全く無かった。

 

 全ては戦争の故だった。

 

 そんな人間が、そう簡単に、満足な音色も出ないような楽器を始めてみても、やっぱり無理というものなのかなぁ? 本当は自分にも良く分からない。

 

 いずれその内、その後の経過について、書ける日もあるかも知れない。』

 

 

漂流日記転載
漂流日記転載

 


 

 

超高齢者問題を抱える、この国で「老い」を考えてみる

「老い」というものは、別に、そう楽しいという程のものでも無い。

 

長く生きていれば、そうなってしまう、という、単なる自然現象に過ぎぬ。

 

「老い」無くても、2年程前に、この写真の時の会(俳優品川徹の傘寿を祝う会)で会って、しかもそれが最後に話したことになってしまった大杉漣君(写真向かって左)や、その前に事故で亡くなってしまった、矢張り元転形劇場メンバーの李三郎君(向かって右)のように、いつの間にか、この世から居なくなってしまう人達もある。

 

筆者は今の天皇と同学年だが、退位する「位」も持っていない。しかし、住宅ローンの残債は未だ8年くらいあるから、92歳まで掛かっても支払い終えることが求められている。

 

米国の高価な武器は唯々諾々と購入する予算はあっても、高齢化に伴う社会保障に掛かる費用は極力押さえ込まねばならぬ、と考える現政権の方針に従って、年金は漸次引き下げられ、たとえ老々介護であろうとも、介護度の認定は厳しく引き上げられ、金銭的、肉体的負担は高齢者にも重くのしかかる。

 

それでも、戦時中のスローガンを彷彿とさせる「1億総活躍社会」の勇ましい掛け声に追いまくられ、今は週に3日フル出勤で仕事している。しかし、長期的なものでは無いので、いずれまた何か仕事を探して稼がねばやって行けない。

 

そう考えると、余り長生きしないで、突然消えてしまうのが良いのか?

いや、決してそうでは無く、できるだけ長生きして色々なことをやった方が結局、勝ちなのか?

 

それはよく分からない。それに、そんなことは人によっても考え方が異なるであろうし、一概には言えまい。

 

筆者は、これからPythonやRaspberry Piを活用、学習して、AIにDeep Learningを実行させて、何か面白いことが出来ないだろうか?と考えて居る。

 

別に、画期的なプロダクトを創造しようという訳では無い。そこそこ楽しめれば、それでよいのだ。

 

まあ、老人の遊びだな。それならもう少し生きて、やりたいことやってみてもいいかもね。

 

「何故もっと、後の時代に生まれ無かったのか。」などとボヤいたりせず、たとえ昭和一桁に生まれても、長生きすりゃ、まだこれから面白いこともやれる訳だから、まあ、そういう意味では、長生きもまた、悪くないか?! 

ぶらいおんの詞藻アンソロジー

2019年

4月

12日

年寄りの試行錯誤

実は色々試行錯誤している。

何としても生き延びねばならぬからだ。

どこに貼り付けるべきか?も良く分からない。

 

Slownetスローネット

セカンドライフを楽しむ
アクティブシニアの
コミュニティサイトに


『退位も出来ない 下流老人「ぶらいおん」の漂流人生!』

https://slownet.ne.jp/blog/user/98477 というブログを作成し、投稿してみた。

 

これから、ここに今、毎日Facebook上に投稿し続けている<一日一書>(再開編)を移動させてみよう、と考えている。

 

AI(人工知能)なども興味あるところなので、追々執筆して行きたい。

 

超高齢者の生き様を見守って頂きたい。

 

Yahoo!ショッピング

 

2015年

11月

05日

2年ぶりの復活? いや、近付く最終楽章に向けての最終処理?

 ここに、こうして書けば良かったんだっけ?余りにも時間が経ち過ぎて、どうしたらよいのか?咄嗟には分からない状態に陥ってしまった。

 まあ、ボチボチと復活という具合に行きますか?

 しかし、そうかと言って、そう、のんびりする程の時間もまた、無かろう。

 全ては流れて行くし、全ては変化し、留まることは無い。


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2014年

10月

29日

いつでも歴史は繰り返される

紀三井寺
紀三井寺

 八十年も日本という国に付き合っていると、国という代物のやることはちっとも変りばえしないことがよく分かる。未来の明るい生活をもたらすはずの原子力エネルギーが庶民を犠牲にするだけで、一部の金の亡者とそれに群がる下劣な政治家共の資金源の役割しか果たしていないことは自明である。

 

 廃炉作業を完了させるだけでも五、六十年以上は要する訳だから、事故の犠牲になったり、生活を破壊されたり、その不条理を抗議し続ける人達も、どうせそのくらいの間に大半は死んだり、衰えてしまったりして、いつしか、そんな深刻な事態を知らない人々だけになる。だから、兎に角その間だけ、出来るだけ真実を隠し、嘘をつき通せば足りる、という結論が既に出ていて、政治家や東電はそれに従って行動しているに過ぎない。「除染」だって、その効果の如何?よりも、やっているというジェスチャーに意味がある訳だし、人体を危険に曝しながらも雇用だって創出できているじゃないか、というのが奴らの言い分。

 

 今まで日本という国がやって来た歴史的事実に倣(なら)ってやっていれば、「問題はうやむやの侭、いつしか消滅させることが出来る」と判断した上、再稼働もやるし、危険な原発を他国に売り付け、そのノウハウまで輸出しようということになる(壊滅的な被害の犠牲を庶民に強いた、先の敗戦時と同様のパターンだ)。

 

 有為な若者たちを騙して特攻自殺攻撃を奨励したり、王道楽土を建設するというスローガンの下、他国の農地を奪い取り、うまい汁を吸った企業家や軍部、政治家共が蔓延(はびこ)った反面、残留孤児を生み出したり、戦闘員、非戦闘員を合わせ二百五十万から三百万人もの人々を殺すのが国家であり、そんな国の旧皇族出の総理が、為政者の誤った判断の結果、戦争に負けた途端に「一億総懺悔だ!」と曰(のた)もうたのだから、原発事故によって福島、またその周辺で深刻な健康、生活上の不便や、負担を背負ってしまった方々には心から同情し、誠にお気の毒だ、とは思うものの、実は日本という国が、庶民の迷惑や犠牲など何も考慮せずにやって来た歴史的な現実からすれば、これは今回の原発事故だけが突出した悲劇や被害例ということでもないのだ。

 尤も日本のみならず「国家」というものは大体どこの国でも似たりよったりだが...。

 

 そもそも「国」とはなんぞや?何のために存在するのか?という話になって来る。国は本来そこに居住する庶民の求める形を構成せねばならぬ。しかし、今世界中に存在する国で、その要件を満たす国が果たして実際にどれだけ存在するのか?と言えば、甚だ心許ない。

 

 どんな犠牲を払ったとしても国家の方が大事か、それよりヒトも含めた地球上の生き物全ての生命や、その環境を守り続けることの方が大切なのか?という問題になり、そこで判断は真っ二つに分かれる。

 

 我々庶民は、金や国家の面子などに拘るような考え方を完璧に排し、生きとし生けるものが共存し続けることの出来る世界を構築せねばならない。その為に、いわゆる「国」が、果たして本当に必要なのか、否かも真剣に考えて行かねばならないし、それと共に庶民全体が、その的確な立脚点に拠(よ)って真に庶民の求める国を誕生させない限り、単に誤った歴史を延々と繰り返すことになるだけで、今回の福島原発事故被害の真の克服など到底あり得ない。

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2014年

6月

04日

映画「野のなななのか」を観て。

予告編
予告編

(註)以下の文章は5月に執筆したものです。

 

 今日は20日だから、映画「野のなななのか」を17日に梅田ブルクで観てから3日経っているわけだが、今でも私の耳の奥にパスカルズの演奏する主題歌のリフレインが何度も聞こえてきて、緑にむせかえる新緑の野や、花の下や、真っ白な雪に取り囲まれた小路を演奏しながら行列する楽隊の様子と、最後列でハーモニカを吹きながらついて行く、死者である筈の大野國朗役の伊藤孝雄(敬称略、以下同様)の姿が目に浮かぶ。

 

 自分の頭の中では無論理解していたのだが、私の友人である、主演俳優品川 徹と電話で話していて、伊藤孝雄は死者のみを演じていたことを改めて確認した。大野の生存時代は若手俳優細山田隆人によって演じられている。つまり、伊藤は死者としてだけ現れ、品川は生者としても死者としても映画の中に現れて来ていることになる。

 大林監督により表現されているように、ここでは死者と生者の間に、はっきりした線引きは無い。

 

 『人』と単純に記して良いのか否か、分からぬが、現世に存在(あるいは見えている)人は生きているのか、または死んでいるのか(彼の世にいるのか、此の世を彷徨っているのか?)はっきりしないことになる。

 

 「人」というものはまた、その人自身の本性如何に拘わらず、戦争や死刑制度によって「人殺し」にもなるし、またそれらの人為的な制約によって「被殺人者」にも成り得る。

 

 常々、私は此の世に「絶対的なもの」というのは存在しないのでは無いか?と考えている。私にとって、絶対的に近いものと言えば、それは男と女の熱い血の交流を知覚する刹那、あるいは渇きを癒す水、飢えを凌ぐ食糧を摂取する瞬間くらいしか思い浮かばない。

 

 大林監督が本当は何を意図しているのか?それは私には分からない。しかし、またそれは分かる必要も無いのだろう。芸術作品とは元々そういうものだ。創り手の意図を受け手である鑑賞者がどう感じようと、どう取ろうと、それは、そのサイドの問題であって、創り手は、受け手の受け取り方が多様であれば、あるほど楽しいだろうし、また満足を覚えることであろう。

 

 私は監督より5歳年長の1933年生まれだから、直接戦場に行ったことこそ無いが、戦争は身をもって体験している。映画の中で、レコードに記録されていた米国機グラマンに、私は縁故疎開先であった紀南の小さな村の海岸で、機銃掃射された経験もある。勿論、国民学校(今の小学校)5年生くらいの非戦闘員であったことは紛れもない事実である。戦争とはそんなものだ。国の安全のためとか、何とか理屈をつけてみても、個人レベルでは人と人との単なる殺し合いでしかない(しかも、殺傷しようとする相手に対し特定の怨みが存在する訳でも無いのに...である)。

 

 人類には、そんな理不尽な戦争は絶対に止めて欲しい、人の力では制御不能な原子力エネルギーの利用は再考すべきだ、賢しげな人智を超える大自然の力には率直に畏怖を自覚し、謙虚な心を失うこと無く、大災害で傷つき、蒙った悲しみと損害を、小さな思いと努力の積み重ねで何とか回復し、復興させて行こうとする人々に心から寄り添って協力する、その行動を持続せねばならぬ、そして人の生き死というものは決定的でも、絶対的でも無い、人も自然もあらゆる生き物はめぐり巡って現れては消え、消えては現れる幻のように不確かなものでしか無い、自然と人の心の調和する生き様(よう)はパスカルズの演奏する主題歌「野のなななのか」に象徴されるように人々の心の中に繰り返して現れ、消えて行く、そんな監督の思いが一杯に詰まった映画である、と受け止めることが出来る。

 

 そのような作品の主要な、ニュースキャスターとも、また死者の思いを伝えるイタコとも呼べる、鈴木光男役の品川 徹は将に適役だ。ここで、無用な誤解を避ける意味で、更に説明を加えるなら、「キャスター」の言葉は、ここでは単に客観的な立場でニュースを伝える人という意味では無い。観客の知らない鈴木光男という男を「形のある存在として表出する役割を果たす人」くらいの意味だ。この文脈で、その存在感を表現できる俳優は、私の知る限りでは彼を置いて他に思い付かない。品川 徹にとって代表作となるであろう作品に違いない。

 

 同様に、大林監督にとっても、己の集大成であるとの思いがひときわ強いことは間違い無かろう。

 

 この映画の制作に際しては、北海道芦別市の物心両面に亘る支援が並々ならぬものであった、と聞いている。その故もあってか、作品中に芦別市の現在、過去におよぶ有様を丁寧に紹介する目的で、少なからぬ時間が費やされている。これが作品の稠密度を高めるのに、負に作用する、という見解もあるようだ。その意見に全く賛成できぬ、と言うわけでは無いが、私は映画を産み出すために、少なからぬ出費が必須である以上、その経費を確保するための手段や現実を率直に認めるべきだ、と考える。たとえ、どんなに優れた着想やテーマが有ったとしても、それが作品として実現しない限り、観客はその映画を観ることが叶わないのだから。

 

 また、芦別市の過去、現在を紹介することによって日本の一地方都市が、国の歴史と密接に関わり合って、その栄枯盛衰の流れを経て行く様子が象徴的に描かれていると考える。将に80歳を超えた私が体験した現代史そのものが、そこに表出されているので、メインやサブのテーマが錯綜することによって、作品の稠密度が薄められる反面、却って混沌とした現世を象徴的に表現している、とも思える。

 整理され切ったものでは無く、混沌としたカオスこそが、この映画の、もう一つのテーマと考えてもよいのでは無いか。https://www.youtube.com/channel/UCmOtb2G-L4AqXramteqr04w

 

 いずれにせよ、三時間近くに亘って私を現実の世界から連れ出し、楽しい時間を与えると共に常々私の頭にある思いを、形あるものとして表出してくれた大林監督、品川さんを初めとする俳優諸氏、スタッフ全ての皆さんに心からの共感と感謝の意を伝えたい。(2014年5月20日城 久道記)

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2014年

1月

14日

このアニメを見て下さい!

以下は「真実を探すブログ」( http://saigaijyouhou.com/blog-entry-1519.html )からの引用です。(ぶらいおん)

 

『ドイツに在住している日本人学生が作ったアニメが国際賞を受賞しました。このアニメのタイトルは「Abita(アビタ)」で、福島原発事故の放射能汚染で苦しむ子供が主人公になっています。欧州だけではなく、世界中で様々な賞を受賞しており、色々な所で取り上げられているようです。 しかしながら、日本ではマスコミが報道した痕跡が殆ど見られず、完全に無視されているような状態となっています。アビタはユーチューブなどの動画サイトで見ることが出来るので、興味のある方は是非とも見てみてください。』

 

☆Abita URL http://vimeo.com/51297975 引用:

 

福島の子供たちが、放射能のため外で遊ぶことができない。 彼らの夢と現実について。

 

"Abita", animated short film about Fukushima children who can't play outside because of the radioactivity. About their dreams and realities.

 

Kinder in Fukushima können auf Grund der radioaktiven Strahlung nicht mehr in der Natur spielen. Denn die Natur ist nicht dekontaminierbar. Dies ist nur eine Geschichte von 360.000 Kindern, die zu Hause bleiben und von ihrer Freiheit in der Natur träumen und die Wirklichkeit erleben. Graduate Thesis film by Shoko Hara und Paul Brenner, Sound Design and Music: Lorenz Schimpf Academics: Prof. Klaus Birk Alexander Hanowski Martin Hesselmeier DHBW Ravensburg, Media Design Awards: Best Animated Film, International Uranium Filmfestival, Rio de Janeiro, 2013 Special Mention, Back-up Filmfestival, Weimar, 2013 Upcoming Competitions: Eco-Filmtour, Potsdam, 2014 (nominated) Winter Film Awards, New York City, 2014 (nominated) Screenings: International Festival of Animated Film ITFS 2013, BW-Rolle Japanese Symposium, Bonn, 2013 Nippon Connection, 2013 International Uranium Filmfestival, Rio de Janeiro, 2013 International Uranium Filmfestival, Munich, 2013 International Uranium Filmfestival, New Mexico, 2013 International Uranium Filmfestival, Arizona, 2013 International Uranium Filmfestival, Washington DC, 2013 International Uranium Filmfestival, New York City, 2013 Back-up Filmfestival, Weimar, 2013 Mediafestival, Tübingen, 2013 zwergWERK - Oldenburg Short Film Days, 2013 Konstanzer Filmfestspiele, 2013 Green Citizen’s Action Alliance GCAA, Taipei, Taiwan, 2013 Stuttgart Night, Cinema, 2013 Yerevan, Armenien, ReAnimania, 2013 Minshar for Art, The Israel Animation College, Tel Aviv, Israel, 2013 IAD, Warschau, Gdansk, Wroclaw/Polen, 2013 IAD (BW-Rolle, Best of IC, Best of TFK) Sofia, Bulgarien, 2013 05. November 2013: Stuttgart Stadtbibliothek (BW-Rolle) , 2013 PISAF Puchon, Southkorea, (BW-Rolle, Best of IC, Best of TFK) , 2013 Freiburg, Trickfilm-Abend im Kommunalen Kino (BW-Rolle), Freiburg, 2013 Zimbabwe, ZIMFAIA (BW-Rolle, Best of IC, Best of TFK), Zimbabwe, 2013 Upcoming Screenings: 18. Dezember 2013: Böblingen – Kunstverein Böblingen (BW-Rolle) 21.-22. Dezember 2013: Schorndorf - Kino Kleine Fluchten (BW-Rolle, Best of IC, Best of TFK) 27. August 2014: Künzelsau - Galerie am Kocher (BW-Rolle) Movie Night for the anniversary of the Fukushima desaster,Zurich, 2014 :引用終了

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2013年

10月

22日

「詩をきっかけとして考える会」10月例会

浅草雷門
浅草雷門

紹介:「詩をきっかけとして考える会」

 

 ”詩”とは「風に鳴る弦のように、心の深奥から滲み出す”呻き”の奏でる調べ、のことである」その”詩”を拠り所とし、必ずしも政治的で無く、必ずしも市民運動的でも 無く、はたまた必ずしも宗教的でも無い、生命を原点とする立場から憂き世の現在、過去、そして未来を展望してみよう、と試みるフリーディスカッションの集いである。

 

 既にミニコミWebサイト「わかやまイベントPLAZA」上のinformation(イベント情報)コーナー http://www.my.zaq.jp/joh/ に開催日時と場所を予告済みであるが、次回 10月例会を再度案内する。

 

 場所: 紀陽銀行本店裏カフェ&パブ「トリニティー&ユニティー」2階予約席

 日時: 10月23日(水)午後1時30分より

 「トリニティー&ユニティー」TEL: 073-423-5220

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2013年

9月

23日

「詩をきっかけとして考える会」9月例会案内

東京駅丸の内口上空に懸かる満月
東京駅丸の内口上空に懸かる満月

 

 

 

 

 

 

 

 既にミニコミWebサイト「わかやまイベントPLAZA」上のinformation(イベント情報)コーナー http://www.my.zaq.jp/joh/ に開催日時と場所を予告済みであるが、次回9月例会を再度案内する。

 

    場所: 紀陽銀行本店裏カフェ&パブ「トリニティー&ユニティー」2階予約席

    日時: 9月25日(水)午後1時30分より

 

         「トリニティー&ユニティー」TEL: 073-423-5220

              

 提案するディスカッションのテーマは下記の通りである。

 

 「人間の尊厳を破壊する一切の殺人行為(たとえば、あらゆる戦争や、たとえ法の名の下に執行される刑罰、また法により担保される医学的処理事案により齎される殺人であっても)断固反対する」というのが、あの愚かで、人の命を虫けらのように軽んじ来た戦争を潜り抜け、80年間生きて来て、ようやく辿り着いた私の結論である。

 
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2013年

8月

16日

詩をきっかけとして考える会」8月例会案内

東京ビッグサイト夕景
東京ビッグサイト夕景

 既にミニコミWebサイト「わかやまイベントPLAZA」上のinformation(イベント情報)コーナー http://www.my.zaq.jp/joh/ に開催日時と場所を予告済みであるが、次の8月例会を再度案内する。

 

    場所: 紀陽銀行本店裏カフェ&パブ「トリニティー&ユニティー」2階予約席


    日時: 8月23日(金)午後1時30分より

         「トリニティー&ユニティー」TEL: 073-423-5220
              
 次回、「詩をきっかけとして考える会」8月例会で、どんなことをテーマにして話し合おうか?と考えて居る。思い付くままに挙げてみると、

 

1.人間の営みとは何か?それが少しでもはっきりしてくれば、「何を為して、いつ頃まで生きたらよいか?」などの方向性も少しは見えてくるだろうか?

 

2.「戦争」とは何ぞや?その法的定義は、憲法改正反対の青年法律家協会和歌山支部で、連続3回に亘り開かれている勉強会の最後の会ででも質問してみようか?

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2013年

7月

22日

「詩をきっかけとして考える会」7月例会案内

高野山
高野山

 いつものように1ヶ月くらい前に、ミニコミWebサイト「わかやまイベントPLAZA」上のinformation(イベント情報)コーナー http://www.my.zaq.jp/joh/ に開催日時と場所を予告済みであるが、間近に迫った7月例会を再度案内する。

 

    場所: 紀陽銀行本店裏カフェ&パブ「トリニティー&ユニティー」2階予約席
    日時: 7月24日(水)午後1時30分より

         「トリニティー&ユニティー」TEL: 073-423-5220
              

 例会では、以下に述べる内容を中心に話し合いたい。詳細は以下の通り。

 

 1.私事ではあるが、7月13日に私の母は満102歳の誕生日を迎えた。102歳の人間を間近で観察するのは、無論私にとっても初体験なのであるが、いつも色々なことを考えさせられる。


 他人は気安く「長寿おめでとうございます」と挨拶してくれるが、傍に居て、それなりに責任を持っている人間としては、心から同感して、ありがとうございます、と喜んでばかりも居られない。言う迄も無いが、自分を産んでくれた母親だから、いつまでも死なないで元気で居てくれる、と言うのは単純に嬉しいと感じるのは当然だ。

 

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2013年

6月

20日

「詩をきっかけとして考える会」6月例会案内

明日香の仏
明日香の仏

 既に1ヶ月くらい前に、ミニコミWebサイト「わかやまイベントPLAZA」上のinformation(イベント情報)コーナー http://www.my.zaq.jp/joh/ に開催日時と場所を予告済みであるが、直前に迫った6月例会を再度案内する。

    場所: 紀陽銀行本店裏カフェ&パブ「トリニティー&ユニティー」2階予約席
    日時: 6月20日(木)午後1時30分より

         「トリニティー&ユニティー」TEL: 073-423-5220
              

 例会では、以下に述べる内容を中心に話し合いたい。詳細は以下の通り。

 今朝(6月17日)の朝日天声人語中に、近い内私が東京へ出た際の鑑賞ターゲットにしていた東京都写真美術館で開催されている「世界報道写真展」に触れた記事が掲載されていた。
 イスラエル軍の空爆により死亡した2歳と4歳の誕生日間近の幼い二人の兄弟の写真やパレスチナ自治区ガザで撮影された兄弟の亡骸をモスクへ運ぶ男達の写真などに触れた後に、次のような文章が続く。▼戦争の最大の犠牲者は?と問われれば、それは子どもではないだろうか。国家や大義の呪縛から一番遠くにいながら、大人どうしの憎悪に未来を奪われる。戦火は柔らかい心にも容赦ない傷跡を残す▼とある。この文章はその前段の「シリアはいま泥沼だ。国連によれば死者は9万人を超えた。少なくとも1729人が10歳以下の子どもという。」に続くものだから、筆者も大方の読者も現在の中東の嵐を頭に置いているのだろうが、私は70年前の自分を思い出すのである。

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2013年

5月

24日

「詩をきっかけとして考える会」5月例会案内

https://twitter.com/eventp_w
和歌の浦干潟なかうみ
 
 考えてみれば、今日(5月23日)は親父の命日だ。連れ合いであった母は既に102歳間近、となると、現時点では親父より40歳ほど年長ということになる。かく申す私自身ですら亡くなった時の親父より20ばかり年上の爺に成り下がったか?あるいは成り上がったか?ということになるが、さて、どちらなのか?俄には分からない。
 では、いつものように、既に1ヶ月前くらい前にミニコミWebサイト「わかやまイベントPLAZA」上のinformation(イベント情報)コーナー http://www.my.zaq.jp/joh/ に開催日時と場所は掲載済みであるが、直前に迫った5月例会を再度案内する。
 
    場所: 紀陽銀行本店裏カフェ&パブ「トリニティー&ユニティー」2階予約席
    日時: 5月24日(金)午後1時30分より
         「トリニティー&ユニティー」TEL: 073-423-5220
               
 取り上げる話題(テーマ)は以下の通り。
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2013年

4月

21日

「詩をきっかけとして考える会」4月例会案内

テロのあったボストン市
テロのあったボストン市

  今回も既に、ミニコミWebサイト「わかやまイベントPLAZA」上のinformation(イベント情報)コーナーに開催日時と場所は掲載済みであるが、改めて4月例会案内を送信する。

 

    場所: 紀陽銀行本店裏カフェ&パブ「トリニティー&ユニティー」2階予約席
    日時: 4月24日(水)午後1時30分より

         「トリニティー&ユニティー」TEL: 073-423-5220
             

 取り上げる話題(テーマ)は以下の通り。

 既に決定しているように、本年度は、昨年度の大テーマ(国家)に対立する概念としての”個人”=人間にウェイトを置く方針となっているが、今回は私にとり最も差し迫った、身近な問題について参加者と共に考えてみたい。

 

 (1)現代日本人は一体何歳くらいまで生きるのが適当か?私は現天皇と同年生まれだから、私も彼も誕生日が来ると、いやでも満80歳となる。彼の両親は既に他界しているが、私の母は現在満101歳で健在である、と言っても何をもって”健在”とするかは?また大いに問題である。ただ単に『食事と排泄』が、他人の介助を要したとしても、己の身体機能のみで可能であることで足りるのか?必ずしもそうとも言えまい、と私は考える。同居する家族も立派な高齢者のみである場合、公的な介護制度が存在すると言っても、この制度は飽くまでも家族の介護を前提としているので、その辺に解決すべき問題が存在する。
 勿論、家族こそが同居する老人の長寿を願っているのが最も多いケーであろう。従って、それらの家族がいやも応も無く介護の負担を担うべきである、とする論に反対することは難しい。しかしながら、現実には介護すべき家族の年齢が大変重要な問題となって来る。
 いわゆる「老々介護」となると、人によってはとっくに自らが介護を受けているのと同年齢の高齢者であるにも拘わらず、止むを得ず介護する側に回らねばならぬというケースも少ないわけでは無かろう。現に私自身が、その具体例と言える。この場合の負担は、より若い同居家族の負担とは比較にならぬほど深刻な問題をもたらす。本人が、他人の手を煩わさぬよう努力するだけでも常に可成りの身体的、心理的負担を負っている人間が、更に自分以外の他人を介護するという労力は想像を絶するものがある。
 となると、現代日本で人は何歳くらいまで生存するのが適切か(或いは生存を許容すべきか)?という問題となって来る。これは机上の空論では無い、現実の問題である。

 

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2013年

3月

20日

「詩をきっかけとして考える会」3月例会案内

新和歌浦夕景
新和歌浦夕景

 今回も既に、ミニコミWebサイト「わかやまイベントPLAZA」上のinformation(イベント情報)コーナーに開催日時と場所は掲載済みであるが、改めて3月例会の案内をする。2月例会において、一部参加者の足の便を考慮して会場の変更を検討したが、より適切な場所が見当たらぬまま開催日が迫ったので、これまでの場所で、以下の日時で開催することに決した。

 

    場所: 紀陽銀行本店裏カフェ&パブ「トリニティー&ユニティー」2階予約席
    日時: 3月22日(金)午後1時30分より

         「トリニティー&ユニティー」TEL: 073-423-5220
              

 取り上げるテーマは以下の通り。

 

 (1)3月10日に行われた「原発」を考える市民公開講座の小出裕章氏による講演「福島第一原発の現状と私たちの未来~原発ゼロ世界へ~」参加報告。

 


 (2)梅田ガーデンシネマにおける、原作中上健次、監督若松孝二による映画「千年の愉楽」鑑賞結果報告。

  


 (3)和歌山市在住の金原弁護士の発行するメルマガ金原No.1?298に紹介されていた<マスコミに載らない海外記事>ブログ中の日本国総理大臣安部某のTPP参加決断表明をシニカルかつクールに戯文化し、その実態に迫まった記事を紹介する。

 


 (4)4月より開講の和歌浦公民館「パソコン教室」の準備状況と講義方針について報告し、尚、出席メンバーのご意見も伺いたい。


 (5)その他。

 

<私的蛇足情報>

 1.骨盤にひびが入り、加療入院中の満101歳の母もようやく退院が近付いたが、在宅介護の方法を新たに検討するための関係者ミーティングが準備されており、家族メンバーとして私が参加する。

 2.考古学関連の翻訳依頼が入った。自分の守備範囲であるテクノロジーから外れるが、嫌いでは無い関心のある分野なので挑戦することにした。

 3.少なくとも母の存命中は和歌浦の自宅を確保し、ここで在宅介護を続けられるよう金融機関と資金面での新たな交渉を計画し、来週は東京の銀行の大阪支店で「ファイナンシング・コンシェルジュ個別相談会」の予約を取り、相談(一種のプレゼンテーション?)に臨む。

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2013年

2月

16日

「詩をきっかけとして考える会」2月例会案内」

新宮「お灯祭り」スタンバイ完了
新宮「お灯祭り」スタンバイ完了

Information(イベント情報):「詩をきっかけとして考える会」2月例会案内

 

 既に、ミニコミWebサイト「わかやまイベントPLAZA」上のinformation(イベント情報)コーナーに開催日時と場所は掲載し、ご案内済みですが、改めて2月例会について本ブログ上に掲載致します。

 開催日時と場所は以下の通りです。

 

    場所: 紀陽銀行本店裏カフェ&パブ「トリニティー&ユニティー」2階予約席
    日時: 2月20日(水)午後1時30分より

         「トリニティー&ユニティー」TEL: 073-423-5220
             

 取り上げるテーマは以下の通りです。

 

 (1)映画「ひまわり」~沖縄は忘れない、あの日の空を~上映会参加報告。
 (2)年配者のパソコンやインターネット関連事項の利用実態や意識について。
 (3)主に文学的観点からの個人(人間)と組織(国家など)の問題(具体例として、エジプトの女流作家ナウル・エル・サーダウィを担当者より紹介。
 (4)関心のある、今後開催予定のイベントや運動(「多治見を放射能から守ろう!市民の会」-重水素を燃料に使用したプラズマ生成実験(重水素実験)に反対する署名活動-)等紹介。
 (5)その他。
 http://www.my.zaq.jp/joh/

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2013年

1月

08日

「詩をきっかけとして考える会」1月例会案内

片男波海岸より海南市方面をのぞむ
片男波海岸より海南市方面をのぞむ

 明けましておめでとうございます。2013年第1回目の例会は下記日時と決まりましたので、お知らせします。

場所: 紀陽銀行本店裏カフェ&パブ「トリニティー&ユニティー」2階予約席
日時: 11月16日(水)午後1時30分より

「トリニティー&ユニティー」TEL: 073-423-5220
              

 さて、本例会テーマをご案内する前に昨12月を一つの区切りとして、私の中で一応の結論に到達することが出来た、検討テーマ「国家」についての纏めを試みてみよう。(長たらしい記述となりそうな場合は、別文書とすることにする)。

 先ず、このテーマに関し、参加して会場で意見や見解をお聞かせ下さった皆さま(特にK、N、Sa、Hm、故Y、Hr、Si、Mt、Tm、Tu-順不同、敬称略)、更に会場参加ではなく、メールで考える方向性を示唆して下さったMd氏のお陰で自分なりに大変得るところがあり、これに対し謝意を表すると共に会の存在意義も改めて確認出来たことを嬉しく感じて居ります。

 

 ところで、私なりの纏めは次の通りである。「国家」とは誤解を恐れずに言うなら「医療」に似て(と言ってもこの言い方も誤解を招く恐れが十分あるが、)或る種の”必要悪”である、と考える。ここで、大方の人々は「悪」の方に目が行き、「とんでもない」「何を世迷い言を!」ということになるであろう。

 

 しかし、私は「医療」は基本的に患者の苦痛や苦悩を軽減して、患者自身の自然治癒力を発揮させれば足り、また、それだけに留めるべきだ、という原理原則を守るのが本来の使命である、と考えている。つまり、過剰医療や延命治療は医療の本質を逸脱している、と考える立場にある。従って、ips細胞を利用して臓器再生治療を図る、という方針にも全面的に賛成は出来ない。科学のために研究を深めることに反対はしないが、その成果をヒトに直ちに適用するか、否か?とはまた、全く別問題である。


 たとえ、人類といえども地球上の生き物の一種に過ぎない。ヒトだけが特別な生命体では無い筈である。全ての生き物は与えられた地球環境の中で、種族維持のために産み落とされ、成長し、繁殖し、自然に死を迎える。極端な言い方をすれば、この範囲を逸脱するあらゆる行為は無神経に採用すべきではなく、この範囲を超えることは「悪である」という主張があってもよい、と考える。
 単なる空想や絵空事であることを承知の上で言うなら「医療」や「医療行為」の存在しない世界こそ理想的であることに反対する人は居ないだろう。

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2012年

12月

07日

「詩をきっかけとして考える会」12月例会案内

白浜黒潮台別荘地内の漆
白浜黒潮台別荘地内の漆

 例によって余り間際とならぬようご案内しよう、と書きかけたところで、他のプロジェクトに掛り切りとなり、斯様な仕儀と相成った。ところで、次回例会は年末となるので、忘年会も兼ねようということになった。寒さも日一日と増す今日この頃、冬ごもりの方も居られるかも知れない。そこで趣向として温泉で暖まったところで、今年の反省と来年の方針などを語り合いたい、と企画した。日時と集合場所は最下部に載せた通り。

 

 会場は特に予約していないので、出席の申込みは不要。費用は各自自分の分を負担するものとする。従って、入湯も自由(入ってもよし、入りたくない人は、それでよい)だし、飲食もお好みで、お食事処「味和囲(あじわい)」から、くつろぎ座敷へ取り寄せて頂けばよい。

 

 話題としては、いよいよ一段落を迎えることとなった「国家とは?」についてであるが、最近NHK、BS1で放映された"Why Poverty"「貧困とは何か?」という一連のドキュメンタリーを視ていて「国家のあり方」の方が「国家の定義」よりも遥に重要な問題であることに気付いた。

 

 「国家とは何か?」の定義もさることながら、現実には「国家のありよう」こそ我々一市民(妥協して、一国民と言い換えてもよいが)それぞれが真っ先に問いかけねばならぬ問題であると同時に我々自身が最も大きな影響を直に受けざるを得ない問題でもあることを改めて認識させられた。そして、これに潜む大きな問題は「差別」、「偏見」、「格差」、「新自由主義」の考え方に基づく市場経済原理に根差すものであることに思い至った。この私の考えを話してみてもよいし、(私が考えている)来年の主たるテーマとしての「国家」に対応する位置を占める「個人」あるいは「人間」について、社会科学、人文科学的な観点、特に、本会の名称に相応しい文学的な視点にも目を配りながら進めて行くやり方についても相談したい。その点、ご意見のある方には是非聞かせて頂きたい。(文責:城 久道)

 
    場所: フォルテワジマ地階1階「ふくろうの湯」くつろぎ座敷
    日時: 12月14日(金)午後1時30分より

         「ふくろうの湯」TEL: 073-423-4126

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2012年

11月

10日

「詩をきっかけとして考える会」11月例会案内

老人一揆”決行!
老人一揆”決行!

 さて、今回も差し迫ったご案内となったことを先ずお詫びせねばならない。もちろん、理由はそれなりにあるのだが、直接的には書かない。全体を読んで頂ければ、おおよそ想像はつくであろう。それはさておき、10月例会では前田試論を下敷きにしたT、K両氏の見解を伺う事に決まっていたので、その線に従い議事を進めた。

 

 Tさんの意見は、前田試論に対し更に現実的かつ具体的な修正を要すると考えるものの、基本的には「国家」社会契約説の立場に依ることが確認された。K氏は欠席されたので残念ながら見解を確認することは出来なかった。この試みに関しては、それなりの時間も掛けたので、各参加メンバーの立場確認に関してはこれで一応打ち切りとし、次に進みたい。

 

 「国家」社会契約説の立場において国家の干渉を極力排除して行くと、どうなるか?究極的には二曲の洋楽ポップス、”アナーキー・イン・ザ・UK”と”イマジン”『想像してごらん 国境なんて存在しないと/そう思うのは難しいことじゃない/…』の世界に到達するだろう。すなわち「アナーキズム」、無政府主義と訳されてきた(私見では、世間一般に通用している訳語や用法には腹立たしいが)、この社会思想は「一切の権力や強制を否定して、個人の自由を拘束することの絶対にない社会を実現しようとする主義」と広辞苑に定義されている。

 

 これ以上ない理想的な考え方のようにも思えるが、これはまた一方で、二律背反的な矛盾も現出してくると想像される。納得出来る結論は無理だろうが、その辺を紹介し、参加メンバーと共にもう少し考えてみたい。

  

 その他には、11月3日に河北コミュニティセンターで開かれた「憲法フェスタ」における関西大学吉田英司教授の講演内容の紹介と、その際の私の質問「国もしくは国家とは?」に対する同教授の回答を紹介したい。

 

 更に、考えることには事欠かないのだが、もう一つだけご案内して置く。詳細は、作成添付PDFファイル(PC利用の方はウィルスの心配はありませんので、是非開いてみて下さい)中にある、和歌浦の健康食品ショップ「百姓家族」での”老人一揆”決行!キャンペーン(11月21日(水)14:00-16:00)である。携帯やFAXなどでPDFファイルを開けない方のために簡単に紹介してみると、『ストレス解放して優しくなるために<自称他称”老人”諸君!>和歌浦「百姓家族」に集合!』ということになる。

 趣旨は「貴重な体験を次世代に伝えるため、何処へでも足を運び、身体を使い、頭を生かし、たとえ細やかでも社会に貢献し、元気と自信を取り戻し、高齢者生活環境モデルの一つとして定着を目指す!」というもので、取り敢えず集まり、それぞれが感じ、悩み、考えていることを話し合いましょう。ということに尽きる。

 

 ご賛同下さる方は力をお貸し下さい。(そこで今後のことも考え、ミニコミ情報誌の発行を考えたが、個人では手に余るので、その代わりにWeb上に「和歌山イベントPLAZA」と称するミニコミイベント情報サイトを構築中である。それで、何かと時間を取られる次第である。Twitterでは、既に同名のアカウントを創設し、フォロワーも徐々に増加しつつある(現在200名を超えたところ-アドレスは https://twitter.com/eventp_w )。完成の暁には改めてご案内するので、こちらも是非ご協力の程よろしくお願いしたい。広報はこのくらいにして、11月例会は以下の通りである。(文責:城 久道)

 
    場所: 紀陽銀行本店裏カフェ&パブ「トリニティー&ユニティー」2階予約席
    日時: 11月14日(水)午後1時30分より

         「トリニティー&ユニティー」TEL: 073-423-5220

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2012年

10月

14日

「しゃらくさい人生覚え帳」通信第121014号

奈良明日香
奈良明日香

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Twitterで"THE WALL STREET JOURNAL" http://blogs.wsj.com/ideas-market/2012/09/25/vote-should-the-world-increase-its-reliance-on-nuclear-energy/ が次のような設問で投票を求めていることを知り、voteした。

 

”Vote: Should the World Increase its Reliance on Nuclear Energy?”

 

無論、私は"No"だが、19:43 2012/10/14現在、その結果は拮抗しているものの、"No"の意見の方がやゝ優勢である。

 

 その際、私は次のようなコメントを付け加えておいた。

 

 『核廃棄物の放射線レベルが安全と言われる数値になるまで、最低でも10万年という時間が必要だ<ドキュメンタリー映画『地下深く 永遠に~核廃棄物10万年の危険~』(原題“Into Eternity” 2010年デンマーク、5/18NHK・BS1再放送)>、と言われている。単純計算で、縄文時代から現代までの時代を6-7回繰り返す程の時間の長さだ。

 

 そんな常識外れの危険物を平気で後の世にまで、解決策の無いまま放擲するどころか、日々増量し続ける行為を容認しようとする現代人が少なからず存在するという事実を、私にはどう考えても理解出来ない。

 

 それで、このような行為を未来の人類に対する犯罪行為である、という見解に心から同意せざるを得ない。そのような恐ろしい犯罪行為について考えようともせず、目先の経済的効果のみに眼が眩んで本質を見抜くことの出来ぬ野蛮で無知な輩の言説に躍らされている人々の何と多いことよ!所詮”憂き世”とはそんなものか?!』

 

 実は、この文章の前段は、本日の「しゃらくさい人生覚え帳」の項では、こうなっている。

 

『今朝のNHK Eテレ日曜美術館で、最近特に、国宝に指定されたりして注目され始めた縄文時代の土偶を取り上げていた。その時代から現代に至るまでの期間は一万六千年だ、という。そして縄文時代の平均寿命は三十歳でしかなかったそうだ。生きるためには実に過酷な環境だったと言われる。多くの子どもたちが成人すること無く死亡し、それらを葬った甕が纏まって出土した場所も最近発掘されているという。一方で、』と上掲のコメントに続くものだった。

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2012年

10月

10日

「詩をきっかけとして考える会」10月例会案内」

嵐山竹林
嵐山竹林

 去る10月3日に海南駅前”ヴァンサンカン”で「詩人 山田 博を偲ぶ会」を開催したばかりで、気分的にそれに感(かま)け、つい本例会の案内が、このように土壇場となったことを先ずお詫びして置く。


 9月例会では「国家」について書かれたPAM同人前田 保試論を下敷きにして話を進めた。参加メンバーの内、城の立場は「国家」社会契約説(国民は抵抗権を行使し得る)の内でも柄谷行人の「国家廃絶の世界革命」実現のための「贈与による永遠平和の樹立」説が一番抵抗感がない。
 ただ一方で、そのように理想的に事態が運ぶか否か?可成り、というか少なからず、悲観的な思いも払拭できない。


 むしろ、今日Webで辿り着いた「共認の輪」”るいネット”(この団体については何も知らなかった。念の為チェックしてみると週刊朝日との間に訴訟問題があるようで、毀誉褒貶が存在するようだ)それは、以下の話の本筋とは関係ないので、どうでもよいのだが、ここに投稿されて佳作となった文章の内容の方が、部分的には同感できるものがあるので、紹介して、私見を述べたい。


 以下、同文章引用開始『269251 国家に代る新しい社会統合機構とは、何か?
国家が急速に役立たずになっている。その危険性を知っておく
新聞会 12/10/02 AM04
Darknessリンクより転載します。
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~前略~

「国家」という組織が動揺している

日本でも民主党は掲げてきたマニフェストをすべて反故にした。

国民は政治家の掲げるマニフェストを見て選挙で政治家を選んだが、政治家は選ばれたとたんに態度を変質させた。

今や言っていたこととやっていることが、完全に真逆になってしまっている。

本来ならば、この時点でもう政権を担う資格はないのだが、言っていることとやっていることが違ったのは自民党も同じだったので、もう日本は「国家が体をなしていない」という言い方ができる。

アメリカも状況は変わらない。

国をチェンジすると豪語して大統領になったバラック・オバマ大統領はまったく何もチェンジできなかった。アメリカは衰退する一方だ。

ドイツでもフランスでもそうだ。』(中略)

『国家は、企業と国民の間で引き裂かれる

経済も情報もすでにグローバル化した。

しかし、そこに文化のグローバル化、国家のグローバル化が入ったとき、国民の間に大きな抵抗感が生まれた。

文化がグローバル化するというのはどういうことか。それは、自国の文化がなくなるということである。

国家がグローバル化するというのはどういうことか。それは、国家が国民のために動くのではなく、国際社会のために動くということである。

世界中の多くの国民が、それを拒否した。

しかし、企業は逆だ。世界中の文化が単一であり、国家も国際社会のために動き、単一化したほうが仕事がしやすい。

グローバル社会の中で、企業は効率性を求めている。効率性は「流通・経済・情報」の動きを加速させる。

競争に打ち勝つために、賃金の安い国に工場を作り、自国の労働者を切り捨てる。

企業がグローバルな競争に打ち勝つには、安い賃金を求めて海外に出ていくしかない。だから、企業は常にグローバル化の立場にある。

この図式を分かりやすく言えば、このようになる。

「国民は、グローバル化を求めていない」
「企業は、グローバル化を求めている」

国家は、この2つの板挟みに合っている。

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2012年

8月

27日

しゃらくさい人生覚え帳

台風の片男波
台風の片男波

20:33 2012/08/26(日)-晴れ(沖縄に大型の台風接近中)-

 兎に角、人間というのも生き物だから、結局「存続あるいは継続=生」と「停止=死」の間を不安定に漂っている存在なのだ、としか言いようが無い。そして、或る日、その連鎖は突然、切断され、停止する。

 

 海岸縁で夜になっても大音を発するアンプを持ち込み、リズム主体のElectronic Musicを流し続ける茶髪のチンピラを放置する法治国家の警察はどうなっているのか?夜9時近くなったが、1キロあまり離れた家の書斎でこれを記していても、一向に収まる気配もない。

 

 さて、Twitterで知ったTBSの報道ステーションによれば、日本国内で米国による原爆投下訓練が未だに密かに行われている可能性が高いようだ。客観的情勢から判断すれば、十分あり得る事態だ。この報道の内容を見れば、可成り信憑性は高いと考えられる。時間の許す方は、私のブログ「ぶらいおんの詞藻アンソロジー」の動画のコーナーで紹介しているので、是非チェックされることを推奨したい。勿論YouTubeでチェックされるのも良いだろう。
『元米軍兵士4人の証言・・・在日米軍の核』 http://www.youtube.com/watch?v=nJpj4Oh0Nd0&feature=colike

 

 また、先程NHKのETV特集でやっていた「オキナワとグアム」を観ていたら、その中で指摘されていた問題点で、普段から主張している小生と同意見の個所があった。それは安全保障を言い立てるのは、結局、国家権力である、という点だ。それは日本国も米国も言ってみれば、同じ立場だ。しかし、沖縄やグアムという島(もしくは地方に)に住んでいる人達の立場とは一致していない。。彼らは軍事的な優位性を競って安全性が保たれるかのような、あやふやな亡霊に縋って、先祖伝来の土地を奪われ、望みもしない危険に曝されるよりは、人的、文化的、あるいは経済的交流を深め、国境を越えて、お互いに仲良く共存することを望んでいる。それを押さえつけ、彼らだけに不自由や危険を押しつけているのは、本土と呼ばれる地の住民たちのエゴや差別以外の何ものでも無い。

 

 周辺国の軍事的脅威を言い立てて国内の不満の目を外に逸らせようとし、軍需産業や一部の資本家がそれを利用して金儲けをするのを助け、その収益を還元させようとするのは、権力に群がる政治家や役人たちの常套手段ではないか?これまでの歴史がはっきりそれを教えてくれているのに、未だに蒙昧の目を開かず、くだらないテレビやつまらぬ新聞などに振り回されている人々の何と多いことか?今、日本が置かれている近隣諸国との軋轢を千載一遇の好機と捉え、それを最大限に利用しようとしている、つまらない奴原のプロパガンダに易々と載せられ、拳を振り上げている人々よ!怒りの対象とすべき方向が間違っていることに早く気付くべきだ!それは大愚の原発人災を引き起こした東電で有り、起こった事実を隠蔽し、自らの責任を誤魔化すばかりの日本の国家権力、それを支える霞が関の役人、金を貰って奉仕する御用学者たち!そうでしょ、先ず、

それ以外に何処に怒りを向ける!と言うのですか?

 

 純粋に尊い生命を捧げた300万人の人々の死を、実に馬鹿げた無益な戦争の、単なる犠牲者にしてしまって、恥じることの無い先の戦争責任者たち、無能で適切な判断力や行動力の全てを欠いていた参謀本部、それに為すことも無く追随するのみだった官僚ども、それらの伝統と亡霊は今も健在そのものではないか!?

 

 私の電子書籍8月27日(月)から有料(330円)になりました、宜しく。
http://p.booklog.jp/book/27330

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2012年

8月

24日

電子書籍「夢*現 物語(一)第1話-第10話」出版

デフォルメ写真「ユリカモメ」
デフォルメ写真「ユリカモメ」

11:13 2012/08/24(金)-曇り、一時雨-

 もう、こんな日付になってしまった。色々やっていたんです。でも、もっと順序立ててやれば、別の順番でやらねばならぬ事もありました。しかし、もうこうなってしまっ たのですから、この状態で取り敢えず進みましょう。多分、大部分の方々にはSNSの仕組みで、もう伝わっているかも知れませんが、電子書籍「夢*現 物語(一)第1話-第10話」を処女出版し、今現在は無料宣伝期間として提供、PRしていますが、これは26日(日曜日)一杯で、27日(月)午前零時からは330円で販売されます。今ならPCやスマ ホで、またいずれ、楽天のKoboのようなブックリーダーでも、ダウンロードして読めるようになるはずです。ここに宣伝をしておきますので、よろしくお願いします。

 より面白いものを書くことこそ喫緊の要事(きっきんのようじ)でしょうが、今やこれを、何とか恰好を付けない限り、他に糊口の凌ぎようもありません。頑張りますので 、ご意見、ご感想、論評など、ご指導をよろしくお願いします。

 「詩をきっかけとして考える会」の関係者や友人の方々には、今や大分日時も経過してしまいましたが、大いなる成果もあった7月8日の東京ミーティングのリポートもな るべく早く致します。その後の一身上の環境変化もありました。東京からやってきた孫たちとも海で遊びました。当方の思惑とは無関係に老母も今年の夏の誕生日を過ぎ、満 101歳となりました。どんな人間も経時変化から逃れることは敵い(かない)ません。人間社会の欲望と自然の摂理は相容れず、矛盾の中で生きて行かねば成りません。「 所詮、現世(うつしよ)はそんなものさ」と達観した振りをするか、悩みながら、振幅する感情をどう制御し、そのような”じゃじゃ馬”を、どう乗りこなして行くか?そん なリアルな現象をクールに、面白がって眺めた視点から、上手く纏めれば、少しは読むに耐えるものが出来上がるでしょうかね?「難しいな、いつまで経っても、よく分から

ないなぁ!」

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2012年

8月

14日

これが”憂き世”というものか?

憂き世の暗い雲
憂き世の暗い雲

 結局、真っ当なものだけが適切に死ねるのか?つまり、言いたいのは、今の世の中見ていると、とても真っ当とは思えないものばかりが氾濫しているでは無いか。つまり死に損なった者共が公害を撒き散らしてる、とも言える。放射能がれきからの歓迎されざる放射線だけでも辟易しているというのに。

 

 訳知り顔で「人間の命は地球より重い」とほざいた過去のネズミ面宰相の面(つら)が目に浮かぶ。こういった類いのいかさま発言が最も困りものだ。

 

 ”人間長生きすりゃあいいってもんじゃないし”ましてや、人間の長生きだけが正当化される理由なんざァ、どこ探したってありゃあしねぇんだよ。人類の欲望丸出しの発展は、それ以外の生き物からすりゃぁ迷惑千万てぇもんだよ。ま、己の分を知れ!ってとこかな。

 

 適切に生き、適切に逝く。これこそ理想であって、それ以外の生き方なんざぁ、糞くらえってなもんよ。俺っちには、そんな上手いこと出来るかな?出来りゃぁカッコいいんだけどな。

 

 NHKのBS放送「ワールド・トゥナイト」という夜10時からの番組を概ね見ているのだが、昨夜はキャスターが冒頭で「ロンドン・オリンピックで、この番組は2週間のお休みを頂きましたが、その間、世界は休むこと無くめまぐるしく変動しておりました。なぜオリンピック放送のため、この番組が休止するのか、と言う厳しいご意見も頂きました」なぞと寝惚けた言い訳を述べていたが、第一にそんな当たり前のことをわざわざ言い訳すること自体が全く理解できない。

 

 この公共放送と称する放送機関は個人から視聴料を徴収して(仕組み上あり得ないとは思うが)厳正中立な報道を行うことを掲げているのでは無いか?だったら、スポーツやイベントで都合の悪い事態から目を逸らそうとするだけの世界の国家権力になぜ迎合一辺倒なのか?積極的に疑問を呈してゆくことこそがジャーナリズムの使命では無いのか?

 

 尤も今や組織に属するジャーナリストは単なる出世争いにうつつを抜かすサラリーマンに過ぎず、一匹狼で孤軍奮闘している無名のハングリー侍の中にしか真のジャーナリズムは存在しなくなっているのであろう。

 

 毎週金曜日の夜には総理大臣官邸の周りで「脱原発」をアピールする、無視し得ない数の市民のデモが繰り返され、シリアでは女や子供を含む市民たちが何千人も何万にも殺され続けているというのに、どこの国がメダルを何個獲得したとか、島の領有権を主張するアスリートのメダルを取り上げ、懲罰するか否か?なぞにしか関心が向かないとすれば、余りにも次元が低すぎる、と言わざるを得ない。

 

 つまり、真っ当なものは長生きすることは出来ず、どうでもいいようなものだけが氾濫し、続いてゆく。これが”憂き世”というものか?

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2012年

8月

13日

稀代の悪法ACTA反対!-もっと声を大に!!

亡き詩人山田 博氏の反戦パフォーマンス
亡き詩人山田 博氏の反戦パフォーマンス

皆様へ

 毎日、暑いですね。ご無沙汰しておりますが、元気でやる気満々です。これから数年間は使用する筈の新しいデスクトップPCの調整に追われておりました。

 そんな訳で、先ほど締め切り間際30分前、内閣府にパブリックコメントを送信しました。内容は次の通りです。『人類を含む地球上の生き物の命の存続を第一に優先させねばならない。
脱原発を即時実施をすること。 再稼働も許してはならない。絶対反対!
 現在も増え続け、確実な廃棄処理方法さえ見つからぬ使用済み核燃料をこれ以上増やすことは如何なる理由があろうとも何人にも許されない筈だ!
 原発0%以外の選択肢無し。』

 世の中忙しい。次は悪法ACTA反対の件だ。YouTube の解説で理解を深めよう! 『http://www.youtube.com/watch?v=NbfS6PaG6Hc&feature=colike』 この動画は後ほど、私のブログMy Favorite Things! ぶらいおんの詞藻アンソロジー  http://buraijoh.jimdo.com/ の動画コーナーでも案内するので、是非そちらで視聴して頂き、大きな声で反対の意思表明をして頂きたい。

 もし、城山三郎氏がご健在だったら、どんな反対運動を展開されただろうか?想像力を高め、先人に負けない熱情を持って事案解決に邁進しよう。
 暑いからと言って世界の流れ(勿論、この島国も含め)は待っちゃあ呉れないよ!生きてる間にやることやらなくちゃア、とまあ、そう思うんですよ

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2012年

7月

26日

7/22「原発さよなら行進@和歌山1」

「原発再稼働反対」
「原発再稼働反対」

 2012 年7月22日の日曜日Twit No Nukes 和歌山主催の”第1回原発さよなら行進”に参加して来た。同行したのは「詩をきっかけとして考える会」世話人で、PAM同人のメンバーでもあるM.T.さ ん。前日の7月例会に出席されたT.K..さんも参加の意向も洩らされたが、和歌山城の周りを炎熱も冷めやらぬ時刻に歩き回る訳だから、体調を慮って自重 されるよう申し上げた。スタート予定時刻16:00より二、三十分前に集合場所に到着してみたら唖然とした。パラパラとまばらな人影が見えるのみ、東京 代々木公園の16万人大集会が頭にあっただけに『これはどうしたことだ!?』と戸惑い、一度は引き返し掛けたくらいだ。

  しかし、和歌山生まれ、育ちのT.さんを初め、他の参加者も泰然として驚く様子も見せないので、心を取り直し、東京生まれ、育ちの私もデモに加わった。行 進に参加された知り合いのK弁護士が再三計数された報告によれば、参加者は200名、うち親御さんに手を引かれたり、抱かれて歩いた子供たちは20名との ことであった。

 その様子はこのブログの動画コーナーでも紹介しているので、是非ご参照下さい。この中に間もなく79歳の誕生日を迎える私の姿もチラと登場しているのも、ご愛嬌!

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2012年

6月

05日

”檄”-東京ミーティング(七月八日)

東京ビッグサイト
東京ビッグサイト

 大変ご無沙汰して居りますが、いかがお過ごしでしょうか?

 右を向いても左を向いても閉塞感に満ちた時代となりました。大災害後の日本ばかりではありません。ユーロ圏を初めとする欧米や先進国のみならず、活気に満ち溢れ、可能性を大いに孕み、これからという期待の高まるアジア新興の国々も、その顕著な発展を示す数値が早くも失速気味となり、停止や下降を始めたようです。

 一刀両断すれば、人類の、一気に欲望の果てに向かおうとする趨勢と、エネルギー問題同様、いやそれ以上に制御不能に陥った市場原理資本主義のもたらす当然の帰結、と言えるのでありましょうし、またそれ以外に言いようも無いのでしょう。

 ここで人類だけが繁栄を続ける筈である、あるいは続けねばならぬ、という必然性は当然のことながら全くありませんし、節度を忘れた愚かな人類が向かう窮極の運命に抗うことも、また身の程知らずの傲慢さと言われるのでしょうか?

 氷河期を乗り越えられずに滅亡していった数々の種同様、ホモサピエンスが同じ道を辿ったところで、それは寧ろ自然なことゝ考えられます。

 ところが一方で、幸か不幸か、あるいは滑稽にも、と言うべきか?生き物、勿論ヒトも生きている限り、腹が減るから喰わないわけにはゆかぬし、喰わねば、いずれ、それも確実に生命を失うことになるという事実が厳然として存在する。然るが故に、多分大方の人々(無論、私も含めて)は仕方無く何らかの方法(現役時代に積み立てた年金の受給によるとか、貯金の取り崩しとか、家族やその他の人々の協力や、支援とかによって)何とか、このクソ忌々しい市場原理資本主義の世界から即刻逃げ出すことも叶わない侭、半ば以上は諦めの境地で、ご飯を食べて命を繋いでいるのが現状でありましょう。この私も決して、その例外では無いのです。

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2012年

1月

31日

「打出の小槌と放射能ちり」の童話

和歌浦の魚 沖ベラ
和歌浦の魚 沖ベラ

 東大工学部を卒業して東京電力福島第二原子力発電所に勤務し、事故前に退社した後、熊本医大を出たOnodekitaこと、医師小野俊一氏の講演動画「フクシマの真実と内部被曝 2012年1月26日 於やましろ病院」を観て、信じたくはないのですが、ショックを受けました。

 今朝、自分の「しゃらくさい人生覚え帳」を開きましたが、最初何も書く気がしませんでした。PCを終了させようとした時、浮かんで来たので、久し振りに詩を書きました。それが、これです。

 
「打出の小槌と放射能ちり」の童話
                       城 久道

 しんしんと降り積もる
 音もなく 人知れず
 明るい陽射しの中を
 密やかな月光の下に
 しんしんと降り積もる
 放射能ちり

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2012年

1月

15日

「しゃらくさい人生覚え帳」120115(日)曇り

紀三井寺 大仏
紀三井寺 大仏

 例の回状のレスポンスがボツボツと返って来る。T.M.君のメールも早かったが、K.A.さんには年末に出したので、新年早々直ぐにメールで返信頂いた。

  昨日はメールアドレスが長らく分からなかった調布在住のA.Y.君から応答があった。以前、大相撲東京場所に誘い、一緒に観に行った時にもトイレばかり頻 繁に通っていた前立腺肥大症状がその後どうなったか?訊ねたところ、実は前立腺癌だったらしく手術をし、体力回復に努めていたとのこと。今朝もこちらの返 信に対する短いメールが届いていた。矢張り、どうやらPCよりも携帯の方へ送信した方がよさそうだ。

  ところで、今朝の日曜美術館ではベン・シャーンの展覧会の案内をしていた。葉山美術館で開催中という。鎌倉近代美術館は無論、何度も行ったことはある。だ が、葉山館の方はどうだったろう?ちょっと自信はないのだが、一度だけ行ったような気もする。しかし、はっきりした記憶は無い。
  いずれにしても、今、金の心配さえなければ、直ぐにでも出掛けて行くのだが…。こういう時は、矢張り金の心配の無いのが、良いことになるのだろう。それに しても観に行きたい。三崎辺りで捕れた魚も食ってみたいが、今は放射能汚染も無視できない。全く心配がないと言うことはあり得まい。

  それにしても、東京や近辺に住んでいる連中は、私の眼からすれば、皆鈍感に映る。これは屹度私が地理的に或る距離を置いて眺めることが出来るのと、東京に 暮らし、その中に埋没している彼等にしてみれば、不安を抱きながらも周りが平静を装っているのを見て、自らをも安心、納得させ、それによって、己の不安、 不信感を誤魔化し、何かに紛らわせ、悲観的な状況を極力考えたり、感じたりしないように過ごしている様子がありありと見え、それを横から私は、よりクール に観察し得るからなのだろう。

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2011年

12月

21日

<一日一書>No.2(百八十)「物は考えようだ!」

『今日は土曜日。
 天気は晴れ。』
 
 さて、今日の話を始めよう。

 
  考えて見リャ、俺っちはョ!結構、恵まれてるって言えるのかねぇ?

 いや、金のしんぺぇはあるよ。何たって仕事がネェーンだから!あと二年も経ちゃあ、この家から放り出されるかも知れねぇーんだからな。

 でもよ、癌とか何とか、死病(しにやまい)ってわけじゃねぇーから、運が向いて来りゃあ、また、何とかなるかも知れねぇーしな!やることなくて困ってるってわけでもねぇしよ。

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2011年

12月

03日

<一日一書>No.2(百六十五)

和歌祭り
和歌祭り

「先送り-逃避-自他欺瞞主義」

『今日は金曜日。
 天気は曇り、気温低し。』
 
 さて、今日の話を始めよう。

 
  本年は辛亥革命から100周年という。孫文が亡くなる前、最後に日本を訪れた際、政府は東京への立ち入りを拒み、止むを得ず孫文は神戸で「大亜細亜主義」をテーマに講演を行った。その最後部分を紹介しよう。

 曰く『貴方がた、日本民族は既に一面欧米の覇道の文化を取り入れると共に、他面亜細亜の王道文化の本質をも、持って居るのであります。今後日本が世界文化の前途に対し、西洋覇道の鷹犬となるか、或は東洋王道の干城となるのか、それは日本国民の詳密な考慮と慎重な採択にかかるものであります。』

 それから100年後、日本は孫文の喝破した通り、”詳密な考慮と慎重な採択”を真剣に行ったか、否かすら甚だ怪しいものだが、今や将に覇権国家米国の鷹犬(ポチ)に成り下がっている。これが、現実の日本の姿である。

 2011年12月1日の朝日新聞「天声人語」には、沖縄の悲惨な歴史と現在に触れる、次のような記述がある。『(前略)▼1955年、沖縄を怒りで奮わせた「由美子ちゃん事件」の犠牲者は6歳だった。米兵に暴行された遺体は、海岸で雨に打たれ、手を固く握りしめていたという。他にも、基地の島で繰り返された性犯罪は数え切れない▼(中略)』。このコラムの最後は次のように結ばれている。『戦後、66年。押しつけておけば済む話では、もうない。』

 筆者は、このようなジャーナリストを含めた現在、大方の日本人が示す態度に怒りを禁じ得ない。このコラムにおいても、それは如実に示されている。つまり、その最後に続けて、「では、どうすればよいのか?」の問題提起と方向性に関する論点が全く提示されていないことだ。

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2011年

11月

30日

2012年睦月に向けた知人への回状

浅草寺
浅草寺

  いつの間にか三百六十五日が経過し、また別の三百六十五日が始まります。

 ご無沙汰して居りますが、その後如何でしょうか、お伺い致します。

 当方は、本年百歳を超えた母を含め老人三名、経時変化を受けつつも、幸か不幸か完全腐食に未だ至らず、馬齢を重ねております。

 さて、年末になると、喪中の葉書が目立つようになります。それも自分の加齢に連れて増加するようです。そうなると、正直言って年賀状を出せる人と回避しなければならない人との仕分け作業が求められます。

 おまけに本年三月十一日の東日本大震災、特に東京電力福島原子力発電所の、未曾有の大事故発生以来、日本は深刻な事態に陥っている、と考えられます。
 観ずるに、人々は皮相的な状況に惑わされ、事態を直視し、本質を充分に理解する域には未だ到達し得ていないように思われます。或る意味では大東亜戦争(太平洋戦争)敗戦時より遙かに状況は悪い、と言えましょう。

 このような環境では、感覚過敏(?)である私のような輩には例年のように年賀葉書で、単純に「おめでとう」とは発言し難いのが率直な感情であります。その上、己の個人的、主として経済的環境も改善の兆しは見られませんので、他人様に余裕を持ってお祝詞を述べるような状況にはありません。

 

 それで思い切って来年(2012年)以降惰性のように年賀葉書を購入し、祝いの言葉を印刷したり、書いたりする類の年賀状発信を中止することに致しました。

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2011年

11月

27日

My Favorite Things!

古座川 一枚岩
古座川 一枚岩

 正直言って現在手探り状態だが、この調子で進めて行きたい。

 

 いずれ、私とコミュニケーションを取って下さる方は、この媒体を通じてお願いすることになる。

 

 それで、前から私のことをご存知の方々には重複してしまうことになるが、これから関わり合いの出来る方や識らなかった人たちのために、一応ここで説明しておこう。

 

 私のニックネーム「ぶらいおん」は、“無頼男”を意味している。

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未来の街
未来の街

 兎に角、自分の全て(My Favorite Things)は、間もなくこのような形、このような場所で、このようなやり方でのみ表現し、発信して行くことになるだろう!

 

 いずれ自分の生活の大半はウェブ上で成立して行くだろう。今、そしてこれから先はこのような場所でしか生き残る余地もないだろう。

 

 そんな状況だから、自分のほぼ全てが出せるような環境作りを念頭に置きながらやって行くしか無い。